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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1932号 判決 1997年1月29日

東京都新宿区大久保一丁目十四番一五号

控訴人

株式会社東松山カントリークラブ

右代表者代表取締役

伊室一義

右訴訟代理人弁護士

後藤徳司

日浅伸廣

中込一洋

榊原一久

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被控訴人

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

新堀敏彦

田部井敏雄

松本隆冶

橋本剛太

仲村勝彰

山口徳明

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、七二八万七四〇〇円及びこれに対する平成七年一月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人

主文と同旨の判決(仮に仮執行宣言付の控訴人勝訴判決がなされるときは、担保を条件とする仮執行の免脱宣言)を求める。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求の原因

1  (事実関係)

(一) 控訴人は平成二年一月二六日、高橋恵六(以下「恵六」という。)から委任を受けその代理権を授与されているという恵六の長男高橋茂(以下「茂」という。)を代理人として、茂との間において、恵六からその所有する埼玉県比企郡滑川町大字山田字前谷一六一四番八山林四〇二五メートルを代金四〇二五万円で買い受ける契約を締結して、右同日恵六の代理人としての茂に対して売買代金四〇二五万円を支払い、同年二月七日、右土地につき右売買を原因とする所有権移転登記を受けた。

また、茂は、恵六が前記売買契約により譲渡益を得て、それに係る恵六の譲渡所得税額が七二八万七四〇〇円であるものとして、平成三年三月頃、東松山税務署長に対して、恵六名をもって平成二年分の恵六の所得税の確定申告を行い、控訴人から支払いを受けた前記売買代金の一部をもって七二八万七四〇〇円の譲渡所得税を納付した。

(二) ところが、恵六は、平成三年、前記土地の売買を茂に委任したことはないとして控訴人を相手方として前記所有権移転登記の抹消登記手続きを求める訴えを東京地方裁判所に提起し、同裁判所は、平成四年六月一日、茂が代理権を有しなかったものとして、恵六勝訴の判決を言い渡したので、控訴人は、控訴の申立てをしたが、東京高等裁判所は平成五年四月二七日、同様の理由により控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。右控訴審判決は、最高裁判所が平成五年一〇月二八日に控訴人の上告を棄却する旨の判決を言い渡したことによって、確定した。

(三) 東松山税務署長は、控訴人が本訴を提起した平成六年一〇月二七日の後の平成七年七月、恵六に対して、職権による減額の更正をし、過納金として七二八万七四〇〇円を還付した。

2  (控訴人の請求)

(一) 茂は、控訴人から支払いを受けた売買代金をもって恵六の支払うべき所得税七二八万七四〇〇円を被控訴人(東松山税務署長)に納付したものであり、前記売買契約は、茂に代理権がなかったものとして無効であることが確定したのであるから、これによって、控訴人は右同額の損失を被ったものであり、被控訴人は右同額の利得を得たものであって、右損失と利得との間には社会通念上因果関係があるものということができるから、控訴人は被控訴人に対して、右同額の不当利得の返還請求権を有するものということができる。

(二) また、茂(同人は平成三年六月二五日に死亡したので、その相続人ら)は、恵六の納付すべき譲渡所得税の現実の出捐として被控訴人に対し過納金と同額の不当利得の返還請求権を有するものであり、控訴人は、茂(その相続人ら)に対して売買代金相当額の不当利得の返還請求権又は右同額の不法行為による損害賠償請求権を有するものであるから、これを被保全債権として、被控訴人に対して、茂(その相続人ら)の有する右不当利得返還請求権を代位行使することができる。

(三) 仮に本件において過納金の還付請求権を有するのが納税名義人である恵六であるとしても、控訴人は、恵六に対して、恵六が過納金の還付請求権という財産上の利益を得、控訴人がそれと同額の損失を被ったことによる不当利得返還請求権を有するものであるから、これを被保全債権として、被控訴人に対して、恵六の有する右還付請求権を代位行使することができる。

(四) そして、被控訴人は、譲渡所得税の出捐者が茂、損失者が控訴人であり、従って、過納金は不当利得として茂(その相続人ら)又は控訴人に返還すべきものであることを控訴人のした本訴の提起等により知りながら又は重大な過失によって、過納金を恵六に還付したものであるから、右のいずれの場合においても、民法四七八条の規定の適用ないし類推適用の余地はなく、被控訴人は、右過納金の還付によって免責されることはないものというべきである。

(五) また、東松山税務署長は、前記譲渡所得税の出捐者が控訴人であることについて悪意又は重大な過失がありながら、控訴人が本訴を提起した後に、恵六に対して右過納金の還付をしたものであって、右還付は、信義則に反し、裁量権の範囲を逸脱するものとして、効力を生じない。

3  (結論)

よって、控訴人は、控訴人が有する不当利得返還請求権、茂(その相続人ら)が有する不当利得返還請求権(代位行使)又は恵六が有する過納金の還付請求権(代位行使)に基づき、被控訴人に対して、七二八万七四〇〇円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日の平成七年一月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の事実中、恵六が前記売買契約により譲渡益を得、それに係る所得税額が七二八万七四〇〇円であるものとして、平成三年三月頃、東松山税務署長に対して、平成二年分の恵六の所得税の確定申告がなされ、右同額の譲渡所得税が納付されたこと、東松山税務署長が平成七年七月に恵六に対し職権による減額の更正をして、恵六に対し過納金として七二八万七四〇〇円を還付したことは認めるが、その余の事実は争う。

2  同2の主張は、争う。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実中、平成二年分の恵六の所得税につき控訴人主張のような確定申告がなされて、右同額の譲渡所得税が納付されたこと、東松山税務署長が平成七年七月に恵六に対して職権による減額の更正をし、過納金として七二八万七四〇〇円を還付したことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1のその余の事実を認めることができる。

二  確定申告の基礎となった契約が判決によって無効であることに確定した場合においても、所得税の確定申告自体は当然に無効となるものではなく、納税申告者のする更正の請求(国税通則法二三条)又は職権による減額更正を俟ってはじめて申告に係る所得税の納付が結果的に目的を欠くことになり、国はこれを収納すべき法律上の原因を欠くことになって、所轄税務署長等は、国税通則法第五章(国税の還付及び加算金)の規定に従って、納付された譲渡所得税を過納金として還付すべきことになるものと解すべきである。

また、右過納金を還付すべき相手方については、第三者の出捐によって国税が納付され、又は第三者がその名において国税を納付した場合(国税通則法四一条一項)であっても、これらの第三者は国税債権の債務者ではないのであるから、右納付にかかる過納金は、当該納付の出捐者又は納付した第三者に対してではなく、本来の納税者(相続、譲渡又は差押えがあったときは、相続人、譲渡人又は差押債権者)に対して還付すべきものであると解するのが相当である(この場合において、所轄税務署長等が当該納付に係る現実の出捐者やそれによって最終的に損失を被ることになる者を調査して、その者に対して過納金を還付すべきものとすることは、大量の還付事務の適正かつ画一的な処理の要請に適う所以ではない。)。

これを本件についてみると、所轄の東松山税務署長は、平成七年七月、職権による減額の更正をし、本来の納税者である恵六に対して過納金として七二八万七四〇〇円を還付したのであるから、右の述べたところに適合するものであって、これにより恵六の有した過納金の還付請求権は有効に消滅し、また、被控訴人にはもはやなんらの法律上の原因を欠く利得も残存していないことになる。

確かに、東松山税務署長が恵六に対して過納金を還付したのは、控訴人が被控訴人に対して本訴を提起した後においてのことであり、この場合において、東松山税務署長において前記譲渡所得税が控訴人が支払った売買代金をもって納付されたものであることを知り、又は重大な過失により知らなかったとしても、その故をもって東松山税務署長が恵六に対して過納金を還付することを妨げられ、又は右過納金の還付の効力が左右されるものでないことは、前示の国税の還付の性質及び手続きに照して明らかであり、これに従った還付が信義則に反するものというべき理由もない(非訟事件手続法七六条二項の規定を類推適用して、債権者が代位権に基づいて債務者の権利の行使に着手し、これを債務者に通知し、又は債務者がこれを知ったときは、債務者は、当該権利につき代位行使を妨げるような処分行為をすることができないものと解されるとしても、これによって、第三債務者が債務者に弁済や還付をすることを妨げられることにはならない。)。

したがって、控訴人自身の不当利得返還請求権、茂(その相続人ら)の不当利得返還請求権又は恵六の過納金の還付請求権が存在することを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の点について審究するまでもなく、いずれも理由がないことが明らかである。

三  そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結論において正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴訟法九五条及び八九条の各規定を適用して、主文のとおりに判決する。

(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 村上敬一 裁判官 末永進)

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